お釈迦さまのお話
第1回 ご誕生から悟りまで
誕生
 およそ2500年前、現在のインドの辺境に居住していた、釈迦族の政治的指導者のシュッドーダナを父に、マーヤーを母として、ひとりの男の子が誕生しました。この子がゴータマ・シッダールタ、「お釈迦様(以下、釈尊)」です。
 釈尊は、生まれるやすぐに7歩あゆみ、右手で天を、そして左手で大地を指差し、「天上天下唯我独尊」と告げられたと言われています。 花祭りで甘茶をそそぐ誕生仏は、この時の様子を伝えています。
(右は当山所蔵の誕生仏)
 父親の後継者として将来を期待されていた釈尊は、若くして、ヤショーダラという名の妻を迎え、ラーフラという名の男の子を授かりました。
 しかし、釈尊は常に「老い」「病気」「死」という、避けがたい、そして思い通りにならない現実を見つめ心を悩ませ、人生の意義を求めておられました。
 この、釈尊の悩みをあらわすたとえ話が「四門出遊」です。


四門出遊(しもんしゅつゆう)
 釈尊が、城の郊外を散策しようと東の城門から出ると、老人に出会われました。そして人間は誰一人として老いを免れないことを痛感された。次に、南の城門から出ると、病人に出会われました。そして病気による苦しみに、心を悩まされた。次に、西の城門から出ると、葬送の行列に出会われました。そして思い通りに生きられない現実に直面された。
そして最後に北の城門から出ると、そこには神々しい姿の修行者がおられました。釈尊はその姿に感動し、自らの生活を捨て去る(出家)ことを決心されたと伝えられています。


出家 修行 そして悟り
 出家を決心した釈尊は、夜の闇に紛れ、御者のひく愛馬カンタカに乗り城門から外へ出られました。
 御者に城へと戻るよう言い、以後、6年間の苦行の後、さとりを開かれました。
 釈尊は、まずアーラーラ・カーラーマ、ウッダカ・ラーマプッタという師匠について修行を行い、また、断食や呼吸を止めるといった苦行を行われ、また悪魔の誘惑とも喩えられる「人間の持つ弱さ」(葛藤・迷い・欲望)にも惑わされませんでした。
 やがて、苦行ではさとりを開くことはできないとの思いに至った釈尊は、菩提樹に下で深い瞑想に入り、明けの明星が輝く頃にさとりをひらかれました。この日は日本仏教では12月8日。釈尊35歳でした。

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